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岡山地方裁判所倉敷支部 平成2年(ワ)185号 判決

岡山県倉敷市〈以下省略〉

原告

X1

岡山市〈以下省略〉

原告

X2

右原告両名訴訟代理人弁護士

的場真介

右同

佐々木浩史

兵庫県神戸市〈以下省略〉

被告

オリオン交易株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

一  被告は原告X1に対し、金六三三万八九九七円及びこれに対する平成二年五月二六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告X2に対し、金三四四万七五八八円及びこれに対する平成二年五月二六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告X1に対し、金一〇五一万四九九六円及びこれに対する平成二年五月二六日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告X2に対し、金五三二万二四四四円及びこれに対する平成二年五月二六日から支払い済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  事案の概要

一  前提事実

1  被告は、商品取引所法の適用を受ける「ゴム・砂糖・穀物・生糸及び繊維製品並びにこれらの原材料の取引所市場における売買取引の委託取り次ぎまたは代理業」等を目的として昭和三二年八月一三日に設立された株式会社であり、神戸穀物商品取引所豊橋乾繭取引所、大阪穀物取引所、大阪砂糖取引所等の商品取引員である。訴外C(以下「C」という)、同B(以下「B」という)、同D(以下「D」という)、同E(以下「E」という)及び同F(以下「F」という)は、いずれも被告の従業員であり、登録外務員の資格を有する。昭和六三年頃当時、Cは被告福山支店の新規顧客開発を主として担当する社員であり、Bは同支店次長の職にあり、Dは同支店長、Eは平成元年六月初め頃Dの後任の支店長として同支店に転勤したものであり、Fは本社営業部に勤務していたものである(争いのない事実、甲二、原告X1本人、証人C、同B、同D及び同E―以下同証人らの証言を「被告ら証言」ともいう。)。

2  原告X1(以下「原告X1」という)は、最終学歴が県立高校卒業、昭和六三年当時二三歳と一九歳の男の子を有し、夫が経営する、従業員五名の、水道用品の卸売を業とする有限会社a商会(以下「a商会」という)の雑務の手伝いに従事する家族従業員を兼ねる主婦であった。原告X1は、後記本件商品取引を開始するまでは、株式取引の経験(一〇年間に四回程度)はあったものの、信用取引等の投機的な株式取引の経験はなく、商品先物取引についての知識、経験はなかった(争いのない事実、甲一、原告X1本人)。

3  原告X2(以下「原告X2」という)は、最終学歴が高校卒業、昭和六三年当時夫との間に一四歳と一一歳の男の子を有する主婦であり、a商会の事務員として稼働し、手取月収は月額金一〇万円程度であった。原告X2には、本件商品取引の開始時までに株式等の証券取引及び商品先物取引の経験はなかった(争いのない事実、甲二、原告X2本人)。

4  原告らは、C、B、D、E及びF(以下同人らを「被告従業員ら」ともいう)らの、被告の業務の執行としての商品先物取引の勧誘により、主に被告福山支店扱いにて、原告X1は、別紙取引一覧表(以下「取引一覧表」という)(一)ないし(三)記載のとおり昭和六三年九月三日から平成元年九月五日までの間に、神戸穀物商品取引所における輸入大豆、豊橋乾繭取引所における乾繭、大阪穀物取引所における小豆及び大阪砂糖取引所における粗糖の、原告X1は、取引一覧表(四)ないし(七)記載のとおり(但し、取引一覧表(七)記載の取引は、原告X2がFの勧誘により「H」名儀にて被告の本社営業部扱いで行ったもの)昭和六三年九月五日から平成元年九月四日までの間に、同様の神戸輸入大豆、豊橋乾繭及び大阪粗糖の、各商品先物取引(以下「本件商品取引」という)を行い、その結果、取引一覧表記載のとおり、売買損益及び商品取引委託手数料を合計して、原告X1は金九五六万四九九六円の、原告X2は金四八四万二四四四円の損金を生じた。本件商品取引については、その当初の勧誘は主にCとBが担当し、昭和六三年九月初旬頃の取引開始当初の担当者は主にBであり、同年下旬ないし同年一〇月頃からは主にDが担当し、平成元年六月頃からは主にEが担当した(争いのない事実、原告ら本人、被告ら証言、弁論の全趣旨)。

5  商品先物取引については、顧客保護のため、商品取引所法九四条(以下「法」という)、全国商品取引所連合会の定める取引所指示事項(以下「指示事項」という)、及び全国商品取引員大会における協定に基く新規委託者保護管理規則(以下「規則」という)、各取引所の定める受託契約準則(以下「準則」という)により、商品取引員の受託業務に関する禁止事項ないし遵守事項として、①無差別電話勧誘(指示事項)、②不適格者の勧誘(指示事項)、③投機性等の説明の欠如(指示事項、準則)④断定的判断の提供(法、準則)、⑤新規委託者よりの大量受託(規則)、⑥無意味な反復売買(指示事項)、⑦過当な売買取引の要求(指示事項)、⑧両建玉(指示事項)、⑨外務員、担当者の交代(指示事項)、⑩仮名による売買の勧誘(指示事項)、⑪特別の利益の提供による不当な勧誘(準則)、⑫委託証拠金の返還時期(必要がなくなった委託証拠金は六営業日以内に変換しなければならない。準則)の各事項が定められている(争いのない事実)。

二  争点

本件の主たる争点は、被告従業員らの原告らに対する本件商品取引の勧誘行為の違法性の有無、程度にある。

(争点についての原告らの主張)

1 被告従業員らの原告らに対する勧誘行為は、別紙「取引の概要(一)(二)」の中で前提事項5記載の①ないし⑫の番号を付記することによって対応関係を指摘しているように、法、指示事項、準則及び規則に違反しており、明らかに違法である。

2 右取締法規や業界の自主規制規則等は、厳密な意味での私法上の効力規定ではないけれども、自主規制事項は、公正な契約をするために事業者に求められている「注意義務」の内の主要なもの、重要なものを業界自らが規範化したものであり、単に事業者の私的取決めで会員のみを拘束する内部的な行為規範として働く基準であるにとどまらず、委託者に対する関係においても注意義務の一内容を構成するものとして社会の取引分野での秩序を確立しているものと言うべきであり、これに違反する行為は「注意義務違反」として不法行為責任を基礎づけるものと解される。すなわち、商品取引員は、右各規定の趣旨、内容に沿って顧客が先物取引について正しい認識と理解を持ち、自主的かつ自由な判断を持って取引を委託し、不測の損害を被らないように配慮すべき注意義務を負うものと言うべきであり、右各規定の違反の結果商品先物取引上相当性を欠き、社会的に許容される限度を超え、顧客の自主的かつ自由な判断を阻害するような態度で先物取引の勧誘、指導が為されたと認められる場合には、その行為は不法行為を構成し、商品取引員には、その勧誘、指導によって委託された取引により委託者が被った委託手数料、売買損金等の損害について賠償すべき責任が生ずると言うべきである。そして、別紙「取引の概要」記載の事実に照らすと、被告従業員らの右各規定違反の行為は、社会的に許容される限度を超え、原告らの自主的かつ自由な判断を阻害するような態度での先物取引の勧誘、指導が為されていたことが明かである。

3 殊に次の行為の違法性は顕著である。

(一) 新規委託者の開拓を目的として面識のない者に無差別に電話による勧誘を行うことは禁止されているところ(指示事項)、Cは、右禁止事項を知りながら、「市販の電話帳であればよい」とか、「会社備付の商工会議所の名簿を利用して電話」すればよいとかとして、原告らに対する電話勧誘を行っており、ルール無視の姿勢が顕著である。

(二) 不適格者の勧誘

(1) 「主婦等家事に従事する者」などの不適格者の勧誘を行ったり、商品取引参加の意思がほとんどない者に無差別あるいは執拗な勧誘を行うことは禁止されているところ(指示事項、新規取引不適格者参入防止協定)、Cは、商品取引参加の意思のなかった原告X1に対し、取引開始までに三回以上電話し、手紙も三通くらい出し、三回以上はa商会を訪問したが原告X1と話ができず帰ったこともあるなど、執拗な勧誘を繰返し、原告X1の息子が大腸カタルで入院するかもしれないことを知りながら原告X1の自宅にまで住宅地図でわざわざ調べて行って原告X1と話をしている。右の行為は取引意思のない者に対する執拗な勧誘と言うべきである。

(2) 原告らはいずれも学歴は高卒で、商店の「店番」程度の業務実態しかない従業員であり、宝くじを買ったこともないような家庭婦人である。特に原告X2の出した資金は子供の学資ともしもの時の生活資金であり、先物取引不適格者であった。現に原告X2の家庭は、本件の被害が原因で荒廃し、崩壊の危機にある。

(3) 商品取引所における取引は商法でも絶対的商行為とされる最も投機性の強い行為であって、これに参加する委託者については当事者適格が強く求められるので、前記指示事項等において不適格者を具体的に定めたものであり、また同指示事項等は不適格者以外の者であっても、商品取引参加の意思がほとんどない者に対する無差別あるいは執拗な勧誘を禁止し、不測の事故を防止する趣旨である。被告従業員らは、先物取引の仕組み、本質からして、当然に行ってはならない対象(主婦)に対して、不当に執拗な勧誘を行っており、違法性は顕著である。

(三) 断定的表現、投機性の説明の欠如

(1) Cが原告らに対する勧誘に当たって出した手紙には、短文の中に「必ず」「絶好機」「チャンス」といった言葉が繰返し出てくる。右手紙は明らかに断定的表現が記載された文書である。

(2) Cは、原告らに対し、二、三ヶ月で保証金が三倍になりますというような著しく射幸心を煽る話をしており、Cの話は「断定的表現による勧誘」であって、冷静な「説明」や「危険開示」があったとは考えられない。

確かに危険開示を受けた旨の書類を原告らに書かせ、形式的には危険開示をしたような体裁を整えている。此等の書面には、よく読めば危険があるとは一応書いてあるが、高い確率で生じうる損失の莫大さを素人に実感させるにはあまりにも抽象的な表現であり、被告従業員らの口頭・手紙での景気のいい話にかき消されて危険開示にはほとんど役立っていないと考えられるから、全体として適切な説明・危険開示があったと認めることはとうていできない。

(3) 特に原告X2との最初の取引において、Bは、当日の電話勧誘により委託保証金すらも預からずに建玉させており(いわゆる無敷)、取引方法や投機性の説明を全く欠いていることが明白である。

(4) またDは、「乾繭の神様」と称し、多額の損失を配偶者に相談することもできず自殺や家出まで考えるようになっていた原告らを意のままに操縦し、次々と過大な取引に向かわせた。原告らは、運転者付きの黒塗りの乗用車で威風堂々とやってくるDの弁舌に圧倒され、盲従させられており、「断定的判断の提供」という生易しい域を超えて心理操縦されている。

(四) 新規委託者からの売買取引の受託に当たっては原則として三か月間は建玉数を二〇枚以下とすべきとされているところ(規則)、本件商品取引においては、原告X1について昭和六三年一二月二六日現在で三〇枚、原告X2について同日現在で四九枚もの大量の建玉が為されている。被告の本支店全部が一日に扱う枚数自体が一限月あたりでみると合計で数枚から数十枚にすぎず、全業者の売買高でも限月が近いものでは数十枚から数百枚程度しかない市場規模を考えれば、素人の新規委託者に扱わせる量としては二〇枚ですら一般的に過大であり、これを遥かに超える建玉を敢えてさせた被告の行為は極めて悪質である。

(五) 両建、因果玉放置の違法性

(1) 両建は、既存の建玉について手仕舞いし仕切り精算する代りに、この既存玉に対応する同一商品の反対の売買玉を新たに建てることを言う。後で追加する反対玉の量は既存玉とほぼ同一枚数であるのが普通であり、限月については異なる場合もあり得る。通常は既存玉に評価損が生じ、追証等の問題が発生している段階において為されるものであるが、理論上は、同一商品につき売り買いがほぼ対当し、両建状態が続く限り、その後の相場の変動如何に関わらず両建した時点での評価損益が計算上確定することになり、自分から進んで相殺注文を出していることになる。

(2) 両建をした後に手仕舞いすれば手数料が必ず二倍になるわけであり、業者にとっては大きな利益となる。他方、委託者にとっては、両建をその後両方とも利益を取って仕切ることは実際上不可能に近い。それが可能となるには、何か月か先の限月最終日までに相場が二回変動する必要があり、そうなって初めて損を取り戻せることになる。しかし実際上そのようなことは不可能であり、両建には損を固定する以上の意味はないとされており、両建は今日これを行う意味はないとするのが定説である。

(3) このような現実をふまえて、先物取引業界も登録外務員に対するその必携テキスト中に「両建は端的に言えば、ほぼ決定的になった損失額を後日に繰越すにすぎない消極的な手段であって、局面の好転を図ることは至難に近いことであるから、未熟な委託者等に対して取るべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説明・指導すべきである。」と記載することにより両建を行うことの危険性を説いている。

(4) またこのやり方は、「因果玉の放置」と行った形で典型的に表われてくる。すなわち、損の出ている片玉をそのままにして、逆に利益の出ている反対玉を仕切り、あたかも少しずつ利益が出ているかのように錯覚させ、経験の浅い委託者は、両建そのものの意味さえ理解できていない者がほとんどであるから、片玉の損には気づかず、目の前の反対玉の利益にのみ目が向いて、全体の損益判断を狂わせることになる。

(5) してみると、被告としては、本件商品取引において原告らに損が出たときは、一旦取引を終了するようにアドバイスをするべきであったと考えられる。にもかかわらず、被告従業員らは、両建処理があたかも既に生じた損失を回復する有効な手段であるかのごとく説明してこれを積極的に勧誘したのであり、その結果本件商品取引を通じて、そのほとんどの期間、売りと買いが同時に建っている状態になっている。しかも、間断無い売りと買いを繰返す一方、損の出ている玉を放置している実情がみられるのであって、被告は、単に手数料獲得のみを目的として、異常な頻度で売買を継続していたものと言うべきであり、極めて違法性が強いものである。

2 被告は、被告従業員らに次のような業務命令を出し、顧客である原告らの利益を害した。

イ 顧客の玉に利益が乗り始めた段階で反対売買を強く勧めること

ロ 証拠金の一部で建玉していると満玉にするよう強く勧めること

ハ 顧客に損が出ている場面で顧客の損を固定する両建を勧めること

(争点についての被告の主張)

原告ら主張の諸法規、準則、業界自主規制等は、私法上の効力規定ではなく、これらに違反する行為が直ちに不法行為を構成するものではないのみならず、被告従業員らに右違反行為はなかった。右準則等についての被告の主張は、別紙平成二年七月二七日付準備書面(第一回)の第二の二違法性に記載のとおりであり、原告ら主張の別紙「取引の概要」記載の事実についての被告の主張は同準備書面の取引の概要の認否(原告X1)、別紙平成二年一〇月五日付準備書面(第二回)、別紙平成二年一一月二八日付準備書面及び別紙平成三年一月一八日付準備書面(第四回目)に記載のとおりである。

第三当裁判所の判断

一  本件商品取引の違法性について、原告らは争点欄記載のとおり主張するところ、同主張2記載の事実(被告が業務命令として本件商品取引につき被告従業員らに対し同イないしハ記載の指示を出していたとの事実)を認めるに足る証拠はない(右事実を直接的に認めるに足る証拠はなく、甲第三号証及び後記認定の諸事実によっても、被告が被告従業員らに原告主張のような指示を出していたものとまで推認するのは困難である。)。

そこで問題は、同主張1の事実にかかる被告従業員らによる本件商品取引の勧誘行為が原告らに対する関係で不法行為としての違法性を有するか否かであるので、以下検討する。

二  原告らは、被告従業員らによる本件商品取引の勧誘行為が前提事実5の①ないし⑫記載の法、指示事項、規則及び準則に違反する旨を主張するところ、右各種規制は本来行政的取締法規ないし業界の自主規制事項であり、同規制に違反する行為が、そのことのみによって直ちに不法行為を構成するものではないことは被告の主張するとおりである。

しかしながら、一般に商品先物取引は、強度の投機性を有する取引方法であって、成功した場合の利益も大きい代りに商品市場の変動予測を誤った場合には予期せぬ大きな損失を被る危険性のある取引であると同時に、その取引の手段、方法や取引態様において、一般人が直ちに理解するにはある程度の困難が伴う専門的特殊用語(建玉、落玉、追証、両建、因果玉、難平、限月、呼値、値洗い、板寄、場勘等々)や抽象的、技術的な取引手段(商品の現物の授受は皆無であるのが通常の事態である取引であることや売り建からの買い仕切が可能であること等)が用いられ、またその取引の実行においては、商品市場の動向を的確に予測することが必要であり、そのためには当該商品の市場価格を形成する様々な要因についての多種多様な情報を収集、分析することが求められる取引であるという特質が認められるのであり、したがって一般人が商品先物取引を行うに当たっては、右専門的、技術的な知識や商品相場の動向等についての知識、経験、情報収集手段等の不足を補うためには、必然的に商品取引員ないしその従業員たる登録外務員に全面的に依存し、これを信頼して取引を行わざるを得ないこととなる一方、右商品取引員ないし登録外務員が、取引委託者の経済的、知的能力等に照らして不相当な取引を勧誘、助言、指導等したときには、委託者に思わぬ巨額の損失を被らせる結果となることがあるのである。

このような商品先物取引の特質及び商品取引員は同取引を受託することによって委託者から受託手数料を取得することに鑑みると、商品取引員ないし登録外務員が委託者から商品取引の受託をするに当たっては、委託者の年齢、経歴、職業や社会的地位、家族構成、商品先物取引についての知識や経験、資産、取引に充当する資金の出所や性格、取引の対象や取引量、委託に至った経緯、理由等の諸事情を十分考慮し、委託者が商品先物取引の投機性や危険性についての判断を謝らないようにさせると共に、委託者が自主的かつ自由な判断によって(すなわちその自己責任において)委託取引ができるように配慮すべき業務上の注意義務があると言うべきである。

そして、前記行政法規等による各種の規制は、商品先物取引の適正を確保し、委託者が不測の損害を被らないように保護、育成することを目的として、その具体的な基準を商品取引員が先物取引を受託するに当たっての行為規範として定めたものと言うべきであるから、その目的において右商品取引員の注意義務と趣旨を同じくするものであり、したがって右各種規制に違反する行為の有無は右注意義務違反の判定に当たっての重要な徴表となるものであって、右違反の程度が著しく、社会的相当性を逸脱していると認められる場合には、委託者に対する不法行為を構成することがあると言うべきである。

また、本件商品取引がそうであるように、一般に商品先物取引は、一回の取引で終了することは希であり、登録外務員による勧誘に始まり、売り、買いの建玉と仕切を繰り返し、その総体としての損益を目的とするものであって、一定期間に渡る取引の継続が前提となっており、その全体について商品取引員ないし登録外務員の助言や指導が為されるのが通常である。したがって、登録外務員等は、単に各取引において前記各種規制に著しく違反することのないようにすべきであると共に、取引全体の過程においても、委託者の自主的な判断によって各取引が為されるように配慮すべきであり、委託者をその経済的、知的能力等に照らして過度の危険にさらさないよう助言、指導等をすべき義務があると言うべきである。

三  そこでこれを本件についてみるに、本件商品取引の経緯については以下の点を認定、指摘することができる。

1  本件商品取引の内容は取引一覧表記載のとおりであるところ、原告らは、いずれもその本人尋問において、右取引の当初から、被告従業員らは原告らの意向を全く無視してほぼ無断でこれを行ったこと、原告らは商品先物取引の仕組み、内容等について全く被告従業員らからの説明を受けておらず、同取引においてどのようにして利益が出るのかも知らなかったし、追証の仕組みや両建の意味も全く知らなかったこと、被告従業員らは原告らが取引をやめたいと強く望んだのに強制的に取引を継続させ、手仕舞いに応じなかったこと等を供述し、甲第一、第二号証(原告ら各作成の報告書)中にも同旨の記載がある。しかしながら、原告ら本人尋問の結果中等の右部分は、被告ら証言や乙第六号証、同第七号証の各一ないし九、同第八号証の一ないし七によって認められる、原告らはいずれも本件商品取引開始に当たって先物取引の危険を了知している旨の承諾書(原告X1は三通、原告X2は「H」名儀を含めて五通)、「受託契約準則」「パック取引実施要領」、「危険開示告知書」及び「商品取引委託のしおり」の受領書等を作成、被告に交付している事実、乙第一〇号証の一ないし三一、同第一一号証の一ないし二三、同第一二号証の一ないし三によって認められる、当初の取引についての委託証拠金に続いて、原告X1は三〇回に渡り、原告X2は二五回に渡って、委託証拠金の追加支払をしている事実(但しいずれも現実の金員交付だけでなく、取引差益金を委託証拠金に充当したものを含む。)、さらに乙第二六号証及び同第二九号証によって認められる、本件商品取引開始時頃の原告らと被告の従業員(D及び訴外G)との電話による会話内容等に照らすと、直ちに原告らの言葉どおりには信用することができず、右部分は、原告らの被害者としての立場を誇張して表現しているものとみるのが相当である。そして、右乙号各証に証拠(乙二、同三の一、二、同四、同五の一、二、同九の一、同一三の一ないし六〇、同一四の一ないし六二、同一五の一ないし六、同一六の一ないし五、同一七の一ないし九、同一八の一ないし三、同一九、二〇の各一ないし一二、同二一の一、二及び被告ら証言)を併せると、本件商品取引については、取引の開始時点である昭和六三年八月中旬頃から同年九月初旬頃までの間に、C及びBから原告らに対して、商品取引委託のしおり等を示しながらのある程度の先物取引の仕組み等の説明が為されたこと、同年九月二〇日に両建が開始される前の同月一〇日過ぎ頃には、Bが原告らに対して両建の意味を概略説明したこと、原告X1は、本件商品取引における最初の注文である昭和六三年九月二日の神戸大豆五枚の買い注文伝票には自ら署名をするなど、被告従業員らの勧誘による取引を一応は承諾していたこと、原告ら両名とも、本件商品取引の開始に際して、前記危険了知の承諾書、受託契約準則、パック取引実施要領、危険開示告知書及び商品取引委託のしおり等の交付を受けており、これらを読めば、商品先物取引の仕組み、内容、危険性等についてもある程度理解できる状態にあったことが認められ、また、被告は本件商品取引に当たって原告らから受領した委託証拠金については受領の度に預り証を交付し、受託した商品先物売買を実行する度に「委託売付・買付報告書および計算書」を、また各月末には「残高照合通知書」を原告らに送付し、売買差益の生じた場合には返還すべき委託証拠金についての原告らの領収書を徴収するなど、取引の開始及びその継続中に受託者として求められる書類の作成や報告等の業務は不足なくこれを実行していたことが認められる。

2  しかしながら、原告らはいずれも、前提事実2、3記載のとおり、職業を有していたものの、夫と子供を有する主婦であり、その職業も従業員五名の零細企業であるa商会の事務職にすぎないこと、年齢は昭和六三年九月頃当時原告X1が五二歳、原告X2が四一歳であり、それなりの社会経験を有していたとは思われるものの、本件商品取引以前には、原告X1に若干の株式取引の経験があった外は商品先物取引の知識、経験は皆無であったのであり、いわば原告らは先物取引についての初心者であったと言うべきであるにもかかわらず、取引一覧表記載の取引の経緯をみると、本件商品取引は、その継続期間に比した取引回数、頻度が極めて多く、その建玉には、相当期間仕切られず放置されているものがある一方、売り買いが頻繁に繰返されたりするなど相当に複雑な取引が為されたことが窺えるのであり、これらの複雑かつ頻繁な取引を原告らがすべて自主的かつ自由な判断によって行ったものとみることには少なからぬ疑問が生じる。すなわち本件商品取引は、その形式においては前記のとおり所定の手続が取られ、原告らの意思に基く取引である形態を取っているものの、その実質においては、被告従業員らの強引な勧誘、指導等によって原告らの自主的な意思によらない取引が繰返されたのではないかとの疑問がある。

3  そこで、本件商品取引の実態的な内容、被告従業員らによる勧誘、助言、指導等の内容についてさらに検討する。

(一) 取引一覧表及び乙第三二号証の一ないし九によれば、本件商品取引について以下の事実が認められる。

(1) 原告X1の神戸輸入大豆の取引は、昭和六三年九月三日から平成元年三月二三日の間に、売り建、買い建及び各仕切をそれぞれ一回(以下同様)として合計三一回(取引一覧表(一)記載の⑪の売り玉一五枚は、その内五枚が平成元年二月八日に仕切られているので取引回数としては三回となる。)の取引が為され、買い建玉が合計四〇枚、売り建玉が合計六〇枚、売買損益は金二一五万円の損、委託手数料は合計金七一万九〇〇〇円である。各取引は、いずれも最低五枚を単位としてその倍数枚にて為されている。建玉から仕切までの期間は、最長一八九日(取引一覧表(一)①)、最短三日(同⑧)であり、一枚あたりの建玉期間の平均値(各建玉枚数×当該建玉の期間の合計を建玉枚数の合計で除したもの)は約四三・三日、原告らが因果玉であると主張する①②の建玉を除いた同様の平均値は約二七・四日である。この間に、売り買い各建玉を仕切らないまま同一商品についての反対玉を建てるいわゆる両建玉が、昭和六三年九月二〇日一〇枚の売り建(同④)をすることによって同月二九日までの一〇日間一〇枚について行われたのを初めとして、同年一〇月三日の売り建(同⑥)により同月一四日までの一二日間一〇枚につき、同年一一月九日の売り建(同⑧)により同月一一日までの三日間一〇枚につき、同年一二月七日の売り建(同⑪)により同月一九日までの一四日間については一五枚(同月二〇日に⑨の買い建て玉が仕切られ、買い玉が一〇枚になった。)、同月二〇日から平成元年三月一〇日までの八一日間については一〇枚につき、それぞれ為された。したがって売り建玉六〇枚の内両建のために建玉されたものが四五枚、七五パーセントであり、売り買いの各建玉枚数に建玉期間の日数を乗じたものの合計である延べ建玉合計四三二五枚日数に対する両建玉の同様の延べ合計(売り建玉、買い建玉のそれぞれの延べ枚日数の合計、以下同様)は二五三〇枚日数で約五八・五パーセントである。また既存の建玉を仕切り、即日反対の建玉を建てるいわゆる途転が六回(同④⑤⑥⑪⑫⑬)ある。

(2) 原告X1の豊橋乾繭の取引は、平成元年二月二三日から同年九月五日の間に、合計三七回(取引一覧表(二)⑰の買い玉一五枚は、内五枚が同年七月一〇日に仕切られているので取引回数は三回)の取引が為され、買い建玉が合計八五枚、売り建玉が合計五五枚、売買損益は金四七三万四九〇〇円の損、委託手数料は合計金一一五万三三六三円である。各取引の単位は同年六月二〇日(取引一覧表(二)⑪)と同月二一日(同⑫)の三枚と二枚の各建玉を除いていずれも五枚の倍数枚である。建玉から仕切までの期間は、最長七一日(同⑰)、最短二日(同⑩)であり、前同様のその平均値は約一五・七日である。この間の両建は、同年七月一〇日の売り建(同⑱)による同年八月三一日までの五三日間一〇枚であり、売り建玉五五枚の内両建のために建てられたものは約一八・二パーセントであり、延べ建玉二一九三枚日数に対する延べ両建玉一〇六〇枚日数の割合は約四八・三パーセントである。また途転は二回(同④⑱)である。

(3) 原告X2の大阪大豆及び大阪粗糖の取引は、平成元年六月一六日から同年七月一二日までの間に四回、買い建玉が一三枚、売買損益は金七一万七二〇〇円の損、委託手数料は金九万〇五三三円である。建玉から仕切までの期間は、大阪大豆三枚が二一日、大阪粗糖一〇枚が一〇日である。この間に両建はない。

(4) 以上の原告X1の本件商品取引を総計すると、昭和六三年九月三日から平成元年九月五日までの三六八日間に、合計七二回、したがって五・一日に一回の割合で売り買いないし仕切の取引が行われており、買い建玉が合計一三八枚、売り建玉が合計一一五枚、売買損益は七六〇万二一〇〇円の損、委託手数料は合計金一九六万二九〇〇円、したがって原告X1に生じた差引総損失額金九五六万四九九六円に占める委託手数料の割合は約二〇・五パーセントであり、建玉から仕切までの前同様の平均日数は約二六・四日、取引一覧表(一)の①②を除いた同様の平均日数は約一九・八日であり、売り建玉一一五枚の内両建のために建玉されたものは五五枚、約四七・八パーセント、延べ建玉合計六六八一枚日数の内両建は三五九〇枚日数、約五三・六パーセントである。また、本件商品取引開始時から三か月間(昭和六三年九月三日から同年一二月二日までの九一日間、取引一覧表(一)の①から⑩)についてみると、取引回数は一六回(五・七日に一回)、買い建玉が三五枚、売り建玉が三〇枚、両建が三回に渡り、売り建玉の内の両建の割合は一〇〇パーセント、延べ建玉合計一三八五枚日数の内両建は五〇〇枚日数、約三六・一パーセントである

(5) 次に原告X2の神戸輸入大豆の取引は、昭和六三年九月五日から平成元年六月六日の間に、合計三九回(取引一覧表(四)記載の⑩の売り玉二五枚は、内五枚が平成元年二月七日に、内一〇枚が同月一七日に、内五枚が同年五月一七日に、各仕切られているので取引回数は五回)の取引が為され、買い建玉が合計七〇枚、売り建玉が合計一一〇枚、売買損益は金二一六万二五〇〇円の損、委託手数料は合計金一二九万五五五六円である。各取引は、いずれも最低五枚を単位としてその倍数枚にて為されている。建玉から仕切までの期間は、最長一八七日(取引一覧表(四)①)、最短三日(同⑧)であり、一枚あたりの建玉期間の平均値は約四五・六日、原告らが因果玉であると主張する①②の建玉を除いた同様の平均値は約三七・四日である。この間の両建は、昭和六三年九月二〇日一五枚の売り建(同④)をすることによって同月二九日までの一〇日間一五枚について行われたのを初めとして、同年一〇月三日の売り建(同⑥)により同月一四日までの一二日間二〇枚につき、同年一一月九日の売り建(同⑧)により同月一一日までの三日間二〇枚につき、同年一二月七日の売り建(同⑩)により同月一九日までの一四日間については二五枚(同月二〇日に⑨の買い建て玉が仕切られ、買い玉が二〇枚になった。)、同月二〇日から同月二一日までの二日間については二〇枚(同月二二日に⑤の買い建玉が仕切られ、買い玉が一五枚になった。)、同月二二日から同月二六日までの五日間については一五枚(同月二七日に③の買い建玉が仕切られ、買い玉が一〇枚になった。)、同月二七日から平成元年一月二四日までの二九日間については一〇枚(同月二五日に⑬の買い玉が建てられることによって、買い玉が二〇枚になった。)、同月二五日については二〇枚(同月二六日に⑭の買い玉が建てられることによって、買い玉が三〇枚になった。なおこの間に⑪⑫の売り玉が建てられ、一時三五枚となったが、いずれも同年一月二三日に仕切られ、同月二六日時点での売り建玉は二五枚である。)、同月二六日から同月三〇日までの五日間については二五枚(同月三一日に⑭の買い建玉が仕切られ、買い玉が二〇枚になった。)、同月三一日から同年二月一六日までの一七日間については二〇枚(⑩の売り玉が同月七日に内五枚、同月一七日に内一〇枚が仕切られることによって、売り玉が一〇枚になった。)、同月一七日から同年三月一〇日までの二二日間については一〇枚(同年三月一〇日に①②の買い建玉が仕切られ、買い玉が無くなり、両建が解消された。)につき、同月二七日の買い建(⑱)により同年五月一六日までの五一日間については一〇枚(同月一七日に⑩の売り建玉の内五枚が仕切られ、売り玉が五枚になった。)、同月一七日から同年六月六日までの二一日間については五枚につき、それぞれ為された。したがって売り建玉一一〇枚の内両建として建玉されたものが二五枚、約二二・七パーセントであり、買い建玉七〇枚の内両建として建玉されたものが一〇枚、約一四・三パーセントであり、延べ建玉八二一五枚日数に対する延べ両建玉五〇三〇枚日数の割合は約六一・二パーセントである。また途転は三回(同⑤⑪⑮)である。

(6) 原告X2の豊橋乾繭の取引は、昭和六三年九月一二日から平成元年九月四日の間に、合計二五回(取引一覧表(五)⑨の売り玉三五枚は、内二五枚が同年三月一五日に仕切られているので取引回数は三回)の取引が為され、買い建玉が合計二三枚、売り建玉が合計六三枚、売買損益は金四四万九七〇〇円の益、委託手数料は合計金七〇万〇四二〇円である。建玉から仕切までの期間は、最長七〇日(同⑪)、最短二日(同③)であり、前同様のその平均値は約一三・六日である。この間の両建は、平成元年年七月一〇日の売り建(同⑫)による同年八月三一日までの五三日間四枚であり、売り建玉の内両建として建てられたものは約六・三パーセントであり、延べ建玉一一七〇枚日数に対する両建玉四二四枚日数の割合は約三六・二パーセントである。また途転は二回(同⑤⑨)である。

(7) 原告X2の大阪粗糖の取引は、平成元年六月三〇日から同年七月一二日までの間に四回、買い建玉が一〇枚、売買損益は金六一万円の損、委託手数料は金七万一二七〇円である。建玉から仕切までの期間は、取引一覧表(六)①が一三日、同②が一〇日である。この間に両建はない。

(8) 原告X2の「H」名儀による大阪粗糖及び豊橋乾繭の取引は、平成元年六月二八日から同年七月一二日までの間に四回、買い建玉が粗糖五枚、売り建玉が乾繭二枚、売買損益は金四〇万〇四〇〇円の損、委託手数料は金五万二四九八円である。建玉から仕切までの期間は、取引一覧表(七)①が一〇日、同②が二日である。この間に両建はない。

(9) 以上の原告X2の本件商品取引を総計すると、昭和六三年九月五日から平成元年九月四日までの三六五日間に、合計七二回、したがって五・一日に一回の割合で売り買いないし仕切の取引が行われており、買い建玉が合計一〇八枚、売り建玉が合計一七五枚、売買損益は二七二万三二〇〇円の損、委託手数料は合計金二一一万九七四四円、したがって原告X2に生じた総損失額金四八四万二四四四円に占める委託手数料の割合は約四三・八パーセントであり、建玉から仕切までの前同様の平均日数は約三三・八日、取引一覧表(一)の①②を除いた同様の平均日数は約二七・二日であり、売り建玉一七五枚中の両建として建玉されたものは二九枚、約一六・六パーセント、買い建玉一〇八枚の内両建として建玉されたものは一〇枚、約九・三パーセント、延べ建玉合計九五五四枚日数の内両建は五四五四枚日数、約五七・一パーセントである。また、本件商品取引開始時から三か月間(昭和六三年九月五日から同年一二月四日までの九一日間、取引一覧表(四)の①から⑨及び同(五)の①から④)についてみると、取引回数は二〇回(四・五五日に一回)、買い建玉が三五枚、売り建玉が七四枚、両建が三回に渡り、売り建玉の内の両建の割合は七四枚中五五枚で約七四・三パーセント、延べ建玉合計二四六二枚日数の内両建は九〇〇枚日数、約三六・六パーセントである

(二) 以上の認定事実によると、本件商品取引の特徴としてまず目に付くのは指示事項に違反する取引方法である両建の多さである。原告らの取引を総体としてみると、いずれも延べ建玉数において両建玉の割合は五〇パーセントを越えており、原告X2の神戸輸入大豆の取引においてはこれが六〇パーセントを越える数値となっているのであり、取引玉の半数以上が両建として行われているという事態は相当に異様であると思われる。被告は両建の効用について縷々主張する(別紙平成二年一〇月五日付第二)けれども、被告が右準備書面にて主張する事例は、売り建玉を底値で仕切ることが前提となっており(すなわち底値を的確に判定し得ることが前提であり、そうであるなら両建をするまでもなく、底値において買い建すれば必ず利益が出ることとなる。)、にわかに首肯し得ない議論である。一般には、両建とは値洗い損が出た場合に既存の建玉と反対の建玉を建てる取引方法であるから、これを維持する限り右値洗い損はそのまま維持されざるを得ず、両建によって利益を得る(損を回復する)ためには、一方玉(仮に売り建玉とする。)をその底値ないしそれに近い相場で仕切ったうえ、値動きが反転し他方玉(買い建玉)が売り玉の仕切値から少なくとも手数料額以上に値上がりした段階でこれを仕切ることが必要であり、そのような処理ができるだけの予測が可能であればそもそも元の買い建玉を損切りしたうえ、底値で再度買い建をすればよいのであり、結局両建には値洗い損の額で損を確定するだけの意味しかなく、いたずらに手数料の負担を委託者に与える取引方法であると言わざるを得ない。そして商品取引員ないし登録外務員によってこのような取引が勧められるときは、両建の有害無益性をよく理解していない委託者から、損切りをしてでも取引を手仕舞い、損の拡大を防ぐ機会を奪うことともなりやすい。乙第二九号証(昭和六三年九月一二日の原告X1とDの電話による会話の反訳書)によると、原告X1は(原告ら本人尋問の結果、被告ら証言及び弁論の全趣旨によれば、被告従業員らと原告X1及び原告X2の交渉はほぼ同様であったと認められるから、原告X2についても同様と認められる。)本件商品取引開始当初において取引一覧表(一)①ないし③の買い建玉の値下がりにより相当に動転し、取引の終了を考えていたこと、これに対してDないしBは両建を勧めたこと、しかし同人らが原告X1にした両建の説明は、もっぱら両建によってこれ以上の損が出ないという点にのみ力点が置かれ、両建のマイナス面をことさらに隠蔽して同原告が取引を継続するよう誘導していた形跡があること、同原告は両建の説明を聞いたものの、せいぜい両建とは通常の建玉に比べて「より安全」な取引方法であるという程度にしか理解しておらず、Dらの勧めに安易に応じていること等が窺えるのであり、右DないしBの勧誘によって原告らが両建に応じ、以後値洗い損が生じる度に多数回に渡る両建が行われ、原告らの損が増大していったことを考えると、被告従業員らが原告らに行った両建の勧誘は、その頻度自体において許容範囲を越えるだけでなく、その説明内容において極めて不十分であり、またその勧誘によって原告らに根拠のない安心感を与えて取引継続を誘導した点において、原告らの利益を考慮せず、被告の手数料収益の増大のみを図ったものと推認されるのであり、この点についての被告従業員らの指示事項違反の程度は社会的相当性の範囲を逸脱するものと言うべきである。

(三) 次に本件商品取引については、取引頻度が原告ら両名ともに約五・一日に一回とかなり多く、その内容も売り建、買い建双方に渡っていること、建玉の期間が最短二日から最長一八九日まで多岐に渡っており、取引一覧表(一)及び(四)の各①②の取引を除くとその平均建玉期間は原告X1が約一九・八日、原告X2が約二七・二日と比較的短期間であり、かつ取引一覧表にみられるように売り玉と買い玉がめまぐるしく建てられており、途転も相当回数あること、対象商品も神戸輸入大豆、豊橋乾繭、大阪粗糖など性質の異なる数品目に渡っていること等の点が特徴として指摘でき、取引内容が複雑かつ頻繁、多様であることが認められる。そしてこの傾向は、前記認定のとおり原告らが本件商品取引を開始した当初の期間においてもほぼ同様であり、むしろ原告X2においては当初の三か月間の方が取引頻度が高く、取引枚数も右三か月間に全体の約三八・五パーセントの建玉をしていることが認められる。前記のとおり原告らは先物取引の初心者であったことに照らすと、これらの大量、複雑、頻繁な取引を原告らが自主的な判断に基いて遂行したものとみることは困難であり、建玉枚数がほぼ五枚の倍数となっていることも併せ考えると、原告ら各本人尋問中の前記措信できない部分はともかくとして、原告らが本人尋問や甲第一、第二号証の報告書において述べる「取引はほぼ被告従業員らの言うままに従った。反論、考慮の余地を与えられず一方的に建玉や仕切を指示された。売買は五枚単位でしかできないと思っていた。」旨、原告X1の述べる「自分の意思で判断した取引は取引一覧表(一)の⑦の仕切、同⑩の買い建及び平成元年三月二三日の手仕舞いのみである。」旨の供述はいずれも信用できるものであり、本件商品取引はその当初から全過程を通じて、原告らの自主的な判断によらず、もっぱら被告従業員らの相場観に基く指示に原告らが盲従していたものと推認することができる。そしてCが原告X1に本件商品取引の勧誘をした当初の手紙である甲第四号証に「相場の基本は物が少なければ必ず値上がりするということで、八月一二日現在の予想は一二年間で一番少ない状態であります。ですから私は必ず利益をあげられると信じております。」と記載した部分は、それ自体法、準則によって禁止されている断定的判断の提供に該当するものと言わざるを得ないことやCの証言によれば、同人は原告らに対する勧誘において二、三か月で委託証拠金が三倍になるような事例を引いて勧誘していることが認められること、乙第二九号証によれば、原告X1は本件商品取引の当初において「一攫千金」を夢見ていたことが認められること等の事実を勘案すると、被告従業員らの原告らに対する勧誘、相場観の開示やそれに基く助言、指導においては、利益の獲得についてのかなり断定的な判断や希望的観測ないし強引な言辞が用いられていたものと推認するのが相当である。またこのような強引な勧誘によって原告らに前記のとおりの多量の取引を行わせた結果前記認定の手数料を負担させ、その程度は、原告X1において全損失額の約二〇・五パーセント、原告X2において約四三・八パーセントと相当に高率であることも勘案すると、被告従業員らは、断定的ないし強引な勧誘、助言、指導によって原告らの自主的な判断を尊重することなく多量の取引を敢行させることによって被告の手数料収益の増大を図ったものと推認することができ、右被告従業員らによる取引の勧誘、助言、指導の態様は社会的相当性の範囲を逸脱するものと言うべきである。

(四) さらに、本件商品取引については、取引一覧表(一)及び(四)の各①②の建玉が、一八三日間ないし一八九日間に渡って仕切られなかったことも特徴的である。原告は、これをいわゆる因果玉であると主張するところ、右建玉が原告らの最初の取引であること、被告はこれが因果玉でない理由として、一時値洗い損となったもののなお仕切らないで様子を見たものでその結果値が持直したことを主張するが、右建玉と同様に値洗い損が出た他の建玉については取引一覧表のとおりかなり短期間で仕切られていること、前記両建は主に右①②の買い建玉に対して為されたもので、それによって原告らの本件商品取引が継続する結果になっていること、前記のとおり右建玉の維持や仕切についても原告らの意思は必ずしも反映されず、被告従業員らの指示によるものと推認されること等の点に照らすと、右建玉の継続は、いわゆる因果玉と言うべきであるか否かはともかくとして、これによって原告らの本件商品取引の継続を図ろうとした被告従業員らの意図を推認することはできるものであり、原告らに対する建玉の処理に関する助言、指導の不当性についての前記認定を補う事実ということができる。

(五) 以上の外、Cの証言によれば、同人は先物取引の勧誘において市販の電話帳等でかなり無差別に電話勧誘していたことが認められ、そのような方法は勧誘方法として適切とは言えないこと、原告らについては、前記のとおりのその職業、家庭環境、知識、経験等や甲第一、第二号証及び原告ら各本人尋問の結果によれば、原告らの本件商品取引資金は必ずしも余剰資産等ではなく、原告X1はa商会の資産を流用し、原告X2は子供の学資資金を流用するなどしていることが認められることに照らすと、少なくとも本件のような大量、他種類の先物取引に参加するについての適格性には大いに疑問があること、原告らに大きな損金が生じた昭和六三年九月下旬頃に本件商品取引の主たる担当者がBからDに代わり、原告らが既存の建玉のほぼ全部を手仕舞いし取引を終了させようとしていた(原告ら各本人尋問の結果及び取引一覧表の取引経緯によって認められる。)平成元年六月頃、DからEに担当者が代わってさらに取引を勧誘するなど、被告は担当者の交代によって損金の生じた原告らにさらに取引を継続させようとした形跡がみられること等の点も指摘できるのであり、いずれも本件商品取引の適切性を欠如させる事情と言うべきである。

四  右認定判示したところを総合すると、被告従業員らによる本件商品取引の勧誘、助言、指導等は、その実態において、両建の勧誘、過当な取引の勧誘の点において明らかに指示事項に違反し、無差別電話勧誘、不適格者の勧誘、断定的判断の提供、新規委託者よりの大量受託、無意味な反復売買、外務員、担当者の交代等の点において指示事項等に違反する疑いが濃厚であり、かつ本件商品取引の全体的過程において、原告らの自主的かつ自由な判断による取引を確保し、原告らが先物取引による過度の危険にさらされないように配慮すべき前記の注意義務に違反し、却って原告らが先物取引の参加者としては適格性に疑問があることや、両建等の意味、性質を十分に理解していないことを考慮せず、むしろこれを奇貨として原告らに過当な取引を勧め、その結果前提事実記載の損失を被らせたものと言うことができる。したがって被告従業員らによる右勧誘、助言、指導の行為は全体として原告らに対する不法行為を構成すると言うべきであり、被告は被告従業員らの使用者として、民法七一五条により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

五  原告らは、本件商品取引によって前提事実記載のとおりの損失を被ったものであるところ、右損失は前記のとおり被告従業員らの不法行為によるものと言うべきであるが、他方、前記認定、判示したところによれば、原告らにも、被告従業員らの勧誘に安易に応じて本件商品取引を開始、継続したこと、前記のとおり原告らは、本件商品取引を開始する際に、取引のしおり等の取引の仕組みや危険性を紹介、告知する文書を受領しているのであるから、これらを注意して読めば本件商品取引の危険性を理解し得たはずであること、前記のとおり本件商品取引は被告従業員らの断定的な判断の提供ないし強引な勧誘によって為されたものと言うべきではあるものの、全く原告らに無断で為されたものではなく、原告らも被告従業員らの指示に盲従するに近い形ではあれ、自ら委託証拠金、追い証拠金等を任意に支払って取引を了解したものであること等の点において、右損失の発生、拡大についての少なからぬ責任がある。したがって本件損害賠償請求については、これらを過失相殺の事由として、原告らに生じた右損失額の損害から、一定割合額を控除するのが相当であり、前記認定、判示の諸般の事情を考慮すると右控除割合は、原告X1については四〇パーセント、原告X2については三五パーセントとするのが相当である(前記認定のとおり本件商品取引の経緯は原告ら両名についてほぼ同様であるが、原告X2は原告X1に比して、その年齢、経歴、家庭環境等においてより本件商品取引についての適格性を欠くものであったと認められること、乙第二六号証と乙第二九号証を対比すると、原告X2に比して原告X1の方がより本件商品取引に積極的であったことが窺えること等の事情に照らし、原告X2の過失相殺割合を原告X1より五パーセント限縮したものである。)。

六  よって、本件商品取引によって原告X1の被った損害である金九五六万四九九六円の内被告に賠償請求できるのは金五七三万八九九七円、原告X2の同様の損害である金四八四万二四四四円の内被告に請求できるのは金三一四万七五八八円となる。また弁護士費用としては本件事案の内容、認容額等に照らし、原告X1につき金六〇万円、原告X2につき金三〇万円とするのが相当である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は原告X1において金六三三万八九九七円、原告X2において金三四四万七五八八円及びいずれもこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成二年五月二六日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田善康)

〈以下省略〉

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